姉帰省など

3月30日から姉がしばらく実家に里帰り。

2時過ぎ、母と駅へ迎えに。


ランチして、新しく契約予定のガス屋さんを探していると、隣が葬儀場。

以前母が、自分の時はここで・・・と言っていた葬儀場だ。

見たいと言うので、閉まっている扉の外から三人で覗いた。


ほんの20メートルほどのところに火葬場もある。

昔はそこまで歩いて棺桶を運んだが、今はバスで行くんだとか。

そんな話や、葬儀場もちゃんとした設備があるからいいね・・・とかいう会話。

シュールなようで超リアルな会話。


3年前、母の病気がわかった時は「がん」の二文字もタブーで口に出せなかったのに

今では結構日常的に連発。

こうやって覚悟を決めていけることに感謝しないといけないのかも。


堤の桜の蕾はまだ少し固かったが、今日はもうほころんでいるだろう。

覚悟は決めていけるのだが、なんでそんな話をしなくてはいけないんだろうかと、一人になって

思い返すと涙が出てしまう。

姉も同じ思いだろう。


仕方がないんだよ。

それが生きていくってことなんだから。

生まれるってことは、終わりや別れの始まりでもある。

バンパネラのように永遠の時を生きる方が過酷なんだよ。